お椀やお重、花器でおなじみの漆器は、日本の伝統工芸品です。赤や黒の漆で艶々と塗り上げられ、優雅な佇まいを見せる漆器は海外でも人気があります。
実は、海外で漆は英語で「japan」と呼ばれています。ただし、頭文字は大文字ではなく小文字です。漆が英語で「japan」と呼ばれるようになった背景を調べてみました。
確かに漆器は英語で「japan」と呼ばれている!
まず、本当に漆が英語で「japan」と呼ばれているのか、ためしに手持ちの英和辞典で調べてみました。
すると、確かに「漆」の対訳として「japan、Japanese lacquer」と表記されています。そして、「漆器」の対訳は「japan ware、lacquer ware」となっていました。
また、Web上の辞書サイトでも検索してみると、複数の辞書や日英の対訳コーパス(様々な文書のテキストや話し言葉を大量に集めたデータベース)でも、「漆」に「japan」という訳をあてている例文が多数、表示されます。
どうやら漆は英語で確かに「japan」と呼ばれているようです。
「japan」は産地を示すために使われた
例えば、欧米では陶器のことをボーンチャイナなど「China(中国)」という言葉を含めて呼びます。14世紀に明(みん)の陶磁器がヨーロッパに多く輸出された際に、産地を示すために使われたのが由来です。
漆が英語で「japan」と呼ばれるのも同様です。15世紀半ば~17世紀半ばまで、コロンブスを始めヨーロッパ人が新天地を求めてアフリカ、アジア、アメリカ大陸へ大規模な航海を行っていました。16世紀、日本が安土桃山時代になると、ポルトガル人やオランダ人が交易やキリスト教布教のために来日しました。
彼らは蒔絵(漆を塗った器物に金銀の粉で文様を描いたもの)や螺鈿(虹色の貝を使用したもの)を施した日本の美しい漆器をたいそう気に入りました。そして、書見台、箪笥、洋櫃などヨーロッパ人好みの調度品にあつらえて輸出しました。
蒔絵や螺鈿を表面に敷き詰めて文様を描いた漆器は「南蛮漆器」と呼ばれ、ヨーロッパ人に人気を博します。輸出が始まった頃から、日本の漆器が英語で「japan」と呼ばれるようになったと言われています。
江戸幕府によって日本が鎖国していた時代も、オランダを通じてヨーロッパとの交易は続きます。この頃に海外へ輸出されていた漆器は「紅毛漆器」と呼ばれ、螺鈿の使用が減り、黒地に金や銀で模様を描く蒔絵が多用されるようになりました。
金銀の蒔絵で豪華に装飾した漆器は、ヨーロッパの人々にとって黄金の国ジパングの伝説を思い出しうる神秘的な存在だったのかもしれませんね。
「japan」の使い方に気を付けよう
何百年も前から漆器が海外へ輸出されていて、漆器が日本を代表する貴重な工芸品、輸出品であることは欧米人も認めるところでしょう。
しかし、漆器以外にも多くの輸出品が存在する現代では、「japan」は「漆」よりも「日本」という意味で使われることがほとんどです。
文脈で漆(漆器)について語っているとわかっていれば、「japan」だけでも漆のことと通じるかもしれませんが、いきなりだと「japan is beautiful(漆は美しいですね)」と言ったつもりでも、漆や漆器の話だとはわからないかもしれません。
一般的に英語では「Japanese lacquer(漆)」や「japan ware(漆器)」という使い方をした方が伝わりやすいです。
17世紀にジャパニング(japanning)と呼ばれていた
ヨーロッパでの漆器人気の高まりから、17世紀になると、イタリア、フランス、イギリスなど欧州の様々な国で日本の蒔絵を模倣するようになり、英語で「ジャパニング(japanning)」と呼ばれる技法が発達しました。
ヨーロッパには漆がないので、亜麻仁油などの樹脂やオイルに黒色の粉末を混ぜたもので漆器の「黒」を再現しようとしました。代表的なのがピアノです。ピアノは元々、木目を出したニス塗りでしたが、漆の黒「漆黒」に憧れたヨーロッパ人によって黒一色となったのでした。
Japanningも「japan」からきていることを考えると、やはり欧米人にとって「漆(漆器)」と日本(japan)は強く関連付けられていたのですね。
まとめ
日本の漆器と海外のつながりは約500年にも及びます。日本が世界の東の端の、微々たる存在でしかなかった時代から、漆器はヨーロッパの人々の心を魅了してきました。
漆器は日本人の美意識や物づくりの粋が集約された生活用品であり、芸術品でもあります。漆器を英語で「japan」と表記されるのは、世界に「Made in Japan」の素晴らしさが初めて認められた証と言えるでしょう。
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